公益財団法人放射線影響協会は、放射線業務従事者を対象に、低線量域放射線被ばくの健康影響について疫学調査を実施しています。INWORKS白血病論文は、当協会のみならず国民や放射線業務従事者にとっても関心のある調査結果が含まれておりますので、本論文に対して意見を述べます。
英国の医学雑誌Lancet Haematolopyに掲載されたINWORKS白血病論文
Ionising radiation and risk of death from leukaemia and lymphoma in radiation-monitored workers (INWORKS): an international cohort study.
「放射線作業者における電離放射線と白血病並びにリンパ腫死亡のリスク:国際コホート研究」
論文の調査結果と主張
国際がん研究機関が主導したフランス、米国、英国の国際共同研究の調査から、低線量域であっても慢性の放射線の被ばくは白血病の死亡リスクをもたらすとの調査結果が公表された(2015年6月22日)。
白血病の死亡リスクは被ばく放射線量に応じて比例的に増加し、その増加は統計学的に有意であるというもの。一年当たり平均1.1mGyの低い線量率で放射線を受けた放射線作業者30万人以上を平均25年以上追跡した疫学調査からこの結果を導いている。
白血病(慢性リンパ性白血病を除く)の死亡率は、10mGyの被ばくで、被ばくのない作業者の死亡率の1.03倍になるとしている。
この研究結果は、慢性の低線量被ばくと白血病の死亡率との関連について確かな証拠を示しており、環境、医療診断、職業的に被曝しうる典型的な低線量範囲ですら白血病のリスクがあることを示す結果が得られたと、著者らは述べている。
論文への疑問
当協会は、筆者らの論文に対して次のような疑問を持ち、Lancetに意見を提出した。
(1)なぜこの3カ国を選択したのか
この共同研究は、以前実施された15カ国共同研究に参加した国のうち、フランス、英国、米国の3カ国の放射線作業者調査を選び、新たなデータも加え3カ国統合したデータを解析したものであるが、なぜ、この3カ国を選択したのかは当然の疑問として残る。15カ国研究では、慢性の低線量放射線被ばくと白血病死亡率との間には有意な関連がなかったにも拘わらず、なぜこの3カ国では有意なのかという疑問である。他の3カ国を選び共同研究すると有意な結果が得られるとは限らないだろう。
低線量の放射線被ばくと白血病死亡率との関連について結論を導くためには1つの疫学調査の結果からではなく、多くの調査で同じような結果が得られることが必要である。今回の3カ国研究は1つの調査である。
(2)放射線以外の要因等をどのように解析上処理したのか
更に、内部被ばくや中性子被ばく作業者は、15カ国研究では除外して解析されたが、この3カ国共同研究では、なぜ解析に含めたのか、また、低線量域放射線では問題となる放射線以外の要因等をどのように解析上処理したのかなど、この論文からは明確に読み取れない。この調査の妥当性を議論するには更に多くの情報が必要である。
日本の調査からいえること
(1)日本の低線量放射線の疫学調査では白血病の死亡率は増加していない
当協会が原子力規制委員会原子力規制庁から委託され調査を実施している我が国の放射線作業者約20万人を対象とする平均で14.2年追跡の疫学調査からは、低線量放射線被ばくが白血病の死亡率を増加させるという結果は得られておらず、有意ではないが負の関連となっている。
(2)喫煙等の放射線以外の要因による影響が大きい
喫煙は低線量放射線被ばくとがん死亡との関連を歪めている要因(関連を歪める放射線以外の要因のことを交絡因子という)となっていることが当協会の疫学調査は示している。このことは、交絡因子の影響が大きく、低線量放射線被ばくのリスクは、見かけ上の関連に陥らない為にも交絡因子の影響を除外した上で評価しなければならないことを示している。
結論
慢性の低線量放射線被ばくと白血病の死亡率との関連について確かな証拠があるという為には多くの調査は必要であり、一つの論文から結論はいえない。